台所
家事支援の様子

人権を尊重し暴力を根絶


所持金1000円の外国人家政婦たち〜国家戦略特区「家事支援人材制度」の歪み /竹信三恵子

国家戦略特区で「家事支援人材」として働いていたフィリピン人家事労働者たちからの労働相談が、今年に入って、労組などに相次いでいる。大手医療介護人材派遣会社が雇い止めや自主退職によって多数の家事労働者の契約更新を行わず、その女性たちの一部が駆け込んできたからだ。

雇い止めの末、所持金1000円にまで追い詰められる深刻な例も出ている。発端は一企業での出来事だが、相談例からは、労働権や安全ネットの保障が極端に弱い「家事支援人材制度」全般の歪みと、家事労働者を守らない「女性活躍政策」と国会で審議中の入管法改正案の危うさが、改めて見えて来る。

雇い止めの末、所持金1000円にまで追い詰められる深刻な例も出ている(イメージ)

試験の成績理由に雇い止め、困窮

今年1月2日の夕刻、東京・新宿の大久保公園で労組や反貧困団体が開いた「年越し支援・コロナ被害相談村」に、フィリピン人女性がやってきた。所持金は1000円。支援団体がシェルターを手配し、外国人労働者が数多く加盟する多国籍労組、「全国一般東京ゼネラルユニオン(東ゼン労組)」が支援に入った。

東ゼン労組によると、女性は大手医療介護人材派遣会社のニチイ学館で、家事代行サービスにあたってきた。来日前は「3年契約」と聞いていたが、来日後、「3年」は更新の上限にすぎず、不安定な1年契約と知った。日本語や接遇などの試験の点数が一定以上でないと契約は更新されないとも言われた。

1年目の契約は更新されたが、上限の3年目に入る次の契約更新の際、試験の点数が満たないとされ、2020年11月、雇い止めされた。点数は公表されなかった。一緒に来日した8人も雇い止めになり、うち5人は不本意なまま帰国したという。

再試験の機会もあると言われたが、故郷の3人の子どもと親に仕送りをしなければならず、契約更新されるかどうかわからない再試験を待つより早く新しい仕事を探さなければと、雇い止めを受け入れた。だが、「家事支援人材制度」の下では、受け入れが認められている「特定機関」6社でしか働けず、再就職先は見つからなかった。

福島県に住むフィリピン人の友人から「ここなら仕事はある」と誘われて出向いたが、家事支援人材としての在留資格では異なる職種での就労は認められず、また「特区」に指定されていない地域では働けないとわかった。東京に舞い戻ったとき、所持金は1000円になっていた。

再就職先がみつからなければ在留資格を失い、帰国となる。雇い止めの際、失業手当についての説明や、次の就職に必要な離職票の手渡しもなく、同労組が何回も求めてようやく入手した。同労組などの働きかけで事業の管理にあたる「第三者管理協議会」が聞き取りを始め、これらの仲介でホテルのベッドメーキングのアルバイトを紹介され、次の再就職先をさがしている。

家事支援制度のある「国家戦略特区」に指定されていない地域では働けない(イメージ)
姿を消したフィリピン人家政婦たち

2月には、個人加入できる労組「総合サポートユニオン」にも、家事支援人材のフィリピン女性2人が駆け込んだ。契約更新は、仕事の評価だけでなく試験結果によると聞かされ、この際、より収入のいい仕事に転職しようと、昨年11月、ニチイを自主退職した。失業した故郷の家族に仕送りを増やしたかったが、賃金は額面で月17~18万円で社会保険料などを引くと11万円程度。生活はできても仕送りの余裕はなかったからだ。だが転職先はやはり見つからず、在留資格が切れそうになって相談に来た。

支援にあたった岩橋誠さんは「当初契約更新の条件としていなかった試験結果を用いてクビ、という後出し的手法が問題」と話す。

事件を報じた3月5日付東京新聞(デジタル版)によると、ニチイは、2018年2月から事業を開始、2021年3月末は、489人が契約更新される見込みだったが、206人が自己都合退社や雇い止めで退職し、うち48人は所在がつかめていないという。相談は氷山の一角で、支援にたどりつけずに潜在化する人々も少なくないことが、この数字からうかがえる。

ニチイは筆者の事実確認に対し、「当社は第三者管理協議会に対し、一連の報道に係る内容を含む報告書を提出しており、引き続き適切に対応してまいる所存でございます。つきましては、本件に係るご質問への回答は差し控えさせていただきたく、何卒ご理解を賜りますよう、お願い申し上げます。」と回答している。

雲
報道によると、2021年3月末にニチイ学館と契約更新されるはずだった489人のうち48人は所在がつかめていない(イメージ)

働く側支える仕組みの不備

背景に見えてくるのは、働き手を支える仕組みの不備だ。実は、「家事支援人材制度」には雇用主である「特定機関」の義務を規定したガイドラインがある。ここでは、労働条件の明示や、外からの目が届きにくく危険度の高い「住み込み」でなく、特定機関のフルタイム労働者として直接雇用すること、同じ仕事なら日本人と同等以上の報酬、日本語などの仕事に必要な知識の教育訓練や一定の稼働率、契約を打ち切るときの他の特定機関への転職支援など、さまざまに規定されている。

にもかかわらず、今回、働き手の救済につながらなかったのは、労組などの労働者の立場に立つ団体が問題解決のプロセスに組み込まれておらず、相談例から見る限り、ガイドラインが企業の都合のみに沿って実行されていたからだ。

たとえば、前出の東京新聞の記事で、ニチイは「第三者管理協議会に稼働率の低さを指摘され、雇用計画を見直さざるを得なくなった」と述べている。「稼働率が低い」とは、家事労働に従事した時間が所定の労働時間より低いということだ。つまり、働き手の仕事を確保するためのものだが、それがここでは、その是正のために働き手を放出する、という本末転倒になっている。試験も、働き手のスキル向上のための教育訓練の一環のはずだが、それが契約を打ち切るためのふるい分けの手段に転化していた。

働き手には極めて重要な転職先の支援は素通りされ、第三者管理協議会も、労組や報道などに促された形で動き出している。

安倍政権下で生まれた「ビジネス先行」の仕組み

こうした仕組みは、家事支援人材制度が第2次安倍政権下のビジネス振興策の一環としてつくられたことが大きい。

発端は、日本女性からの要望書ではなく、滞日外国人家庭での家事サービスの需要、女性の就労促進などを理由にした在日米国商工会議所の2013年の要望書だった。これが翌2014年、『「日本再興戦略」改訂版』に盛り込まれ、政府の産業競争力会議や国家戦略特区諮問会議のメンバーだった竹中平蔵・パソナグループ会長が中心になって、2015年、スピード法改正が実現した。

外国人家事労働者は、国内の家事労働者保護の意味もあって出入国管理法で規制されてきたが、2013年、ビジネス振興へ向け、指定した地域内では法改正なしに規制を緩和できる「国家戦略特区」が設けられ、これがフル活用された形となった。

家事労働者の相談窓口とされた「第三者管理協議会」も、内閣府、出入国管理局、労働局、経済産業局などの政府の出先機関と自治体で構成され、制度の実施主家事労働者の相談窓口とされた「第三者管理協議会」も、内閣府、出入国管理局、労働局、経済産業局などの政府の出先機関と自治体で構成されることになった。このような、事業の実施主体と働き手の苦情受付先が同じという構造に、移住者や女性の権利に関わる団体からは当初から懸念も出ていた。

「国家戦略特区」を所管する内閣府

こうした問題点は、現在国会で審議中の出入国管理法改正案にも共通する。外国人を管理・摘発の対象として扱う部門と、保護・支援する部門が同じ法務省の中にあるという限界は、改正案でも解消されていないからだ。

また、ガイドラインでは働けるのは通算5年までとされているが、これは労組加入がしにくく、社会保障の提供も回避しやすい仕組みだ。東ゼン労組の奥貫妃文委員長は「ガイドラインでは労基法が適用される雇用者扱いを確保したのに、在留資格の壁がその行使を妨げている」と話す。

外国人家事労働者を多数受け入れている香港でも、雇い主による人権侵害が問題になることは多いが、雇い主の承諾があれば何度も契約を更新できることから、長期滞在の家事労働者も存在する。こうした当事者女性たちがネットワークの中心として待遇改善の力になってきた。

これに先立つ2011年、国際労働機関(ILO)は、家事労働者にも、団体交渉権など他の労働者と同じ基本的な労働権を保障するべきだとした「家事労働者条約」(189号条約)を採択している。しかし、日本はこれも批准しないまま、外国人家事労働者の受け入れに踏み切っている

ILO本部 By BiiJii – Own work, CC BY-SA 3.0

新しい「社会の嫁」づくり?

気がかりは、こうした家事労働者の立場の弱さを促す構造が、新しい「社会の嫁」を生み出し、その結果、家事軽視が促進され、真の女性活躍が妨げられかねないことだ。

かつて、無償で過酷なケア労働は「嫁」の仕事と言われ、2000年からの介護保険制度はこれを社会化したとされる。だが、介護報酬が削減される中、使命感を頼りに低待遇に耐える介護労働者の姿は、「社会に奉仕する嫁」と言いたくなるほど酷使されている。労働権や社会的安全ネットの外に置かれた「家事支援人材」は、より使い勝手のいい新しい「社会の嫁」に転化しかねない。

2019年1月、批判を浴びてニチイが削除した広告の家事労働者像は、そんな危惧を強める。ここでは「外国人スタッフなので『会話の内容を聞かれてしまう』(中略)といった心配はございません。日本人スタッフだとどうしても気にしてしまう『気遣い』も不要です」とアピールしていたからだ。

家事労働の担い手が「気遣いも不要」なほど無権利化すれば、家事労働は奴隷労働になってしまう。そうなれば、男性も含めだれもが担う重要な仕事として家事労働の保障へ向けた労働時間短縮を進める動きは鈍り、家事労働者を買いたたいてこれを購入すればすむ、となってしまう。

家事労働者の立場の弱さを促す構造が、女性活躍を妨げる恐れも(イメージ)

もう一つの懸念は、このような仕組みが続けられた場合、日本は外国人家事労働者たちから選ばれるのか、ということだ。

日本フェミニスト経済学会誌「経済社会とジェンダー」第5巻(2020年6月発行)で、早稲田大学の堀芳枝教授は、「『貧しいアジアの人々は日本で働きたいと切に願っている』という前提に立って、その政策の是非を議論」することに疑問を投げかけている。東南アジアでも、IT化やグローバル化によってコールセンターなど女性が従事できる国内産業が増えているうえ、中流の女性労働者の増加によって、家事労働者が国内で働ける余地も増えているからだ。

189号条約が各国の家事労働者たちの労働基準を引き上げ、日本の低賃金化も進んでいるいま、出稼ぎ女性と国内女性の両方の活躍を可能にする「家事の価値の引き上げ政策」こそが、いま求められている。

東ゼン労組がつくった家事労働者への英語版呼びかけちらし。タガログ語版も用意し、フィリピン人などが集まる場所で配布して支援に乗り出すという

by covot編集部

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